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2015年11月11日水曜日

クリエイター支援で地域活性化に!

地方都市の活性化が大きな問題になっています。私はさいたま市に住んでいますが、ここも東京から見たら地方都市です。東京は一見活性化しているように見えますが、実際は千代田区、港区、渋谷区、新宿区などの一部の地域に限定されているように思います。荒川区などは地方都市と同様に高齢者問題と空家問題などを抱え込んでいるようです。活性化しているエリアもビジネスが集中しているだけで住環境としての活性化は別の事だと思います。さいたま市ですが旧浦和市に関してだけでもJRだけで6つの駅があり新宿、渋谷までは30分圏内という立地の良さです。そしてビジネスで車を使うにも、首都高、東北道、外環道を通じて東名、中央道、関越道と全方面に対して高速移動手段が網羅されている地域も珍しいかと思います。しかし、この地域にも新しい仕事の目が誕生されていないように思います。これはベットタウンという宿命でしょうか。都心までの利便性の為、住む人は多くなりますが、仕事自体は都心に。そして買い物も都心でというようになるからかもしれません。ベットタウンという環境は仕事をする環境を得られている時は何も問題ないように思います。しかし、定年ならまだしも、リストラ、職場事務所移転、転勤など企業に依存した問題が発生すると、メリットはデメリットになる場合も多いのも事実です。私も実際に西新宿のオフイスから横浜の支店、千葉(幕張)の支店への辞令の際、大変苦労した記憶があります。さいたま市も空家問題があります。このエリアには新しいマンションと古い建物が混在しており空家が多く散見されます。新しいマンションでも空家は意外に多いです。
全国で起こっている空家問題それと高齢化社会。
さいたま市に関して言えば空家問題と地域活性化を解決する手段の一つはクリエイターという職業の方への積極的な場の提供ではないかと考えます。都心の利便性の良さもありますが、ギスギスした都心の感覚は私には合いません。実際、育児されている方と高齢者の方々はどのように考えていられるのでしょうか。私は「住まい」としての利便性と環境、そして「交通手段という面で仕事の環境」のバランスが取れているのがこのさいたま市ではないかと考えます。しかし、今のままでは何も今までと変わらないでしょう。クリエイターが必要なものは「道具」「ノウハウ」「場所」かと思いますが、その底辺には仕事が回ってくる「仕事仲間、コミュニテイ、環境」が必要かと思います。クリエイターは専門領域があり、ある範囲で特化した制作をしている方が多く、一人で全て完結できるプロダクションは別格で個人の領域では限界があろうかと思います。
それとクリエイターの方々の大きな課題は社会的な信用と経済面ではないかと。事務所を借りるのも大変な労力を要します。経済面では道具も。デジタルツールは日進月歩で変わっていきます。新しいツールは個人クリエイターの方には大変な負担になります。
クリエイターの方々に集まってもらう為にはファイナンシャルな支援から、仕事場探し、クリエイテイブツールの提供、クリエイターの方々とのコミュニテイスペースの提供がワンストップでできたら何か新しい地域活性化につながるかと思っています。
今そんなサービスが無いかもしれません。でもなければ作りましょうよ。

2015年11月7日土曜日

『何を売るか』と悩んでいる限り、何も売れない

商売を始める時、「何を売るか」から初めてしまいます。
誰もがしてしまう間違いに気づくには時間がかかります。
何度も挫折して『誰に売るか』に気づけるかどうか。
どうしても、売り手というのは、最初に商材ありきの発想になるんですよね。「何を売るか」「何が売れるか」というのにフォーカスしちゃう。 この考え方から入ってしまうと、重要なものが置き去りになってしまうんです。

商売とは
『マーケット(市場)』と『自分のノウハウ(強み)』と考えます。
どういうことかというと、簡単で単純なことです。最終的に、商品やサービスにお金を払って購入するのは、お客様なんですよ。
いわゆる、『誰』にあたる部分です。
『誰の』・『どんな要求を』・『どのように満足させるか』です。「何を売るか」なんて発想は、この中にも出てこないんですよ。なぜかというと商材とは、手段なんです。目的は収入を得ることですよね。
ですから、手段を先に考えてしまうと、そこから、目的を得ようとしてしまうんです。ということは、目的である「収入を得ること」が手段によって抑制されることになってしまうんです。
結果として、「どんな商品が儲かるか」ということにフォーカスしている以上、「どんなマーケット(市場)が儲かるか」という発想にはならないというか、見えなくなってしまうんです。
そして、その「儲かるマーケット(市場)」であなたのノウハウ(強み)を生かせるのか生かせないのかも、見えないままに、「儲かるかどうかわからないマーケット」に商材を投入してしまう事が多々あるように思います。
まず、『誰に売るか』。これから、入るのが正解。
『何を売るか』というのは、その次。次のステップなんですね。『何を売るか』を先に考えてしまうと、それを買いそうなお客さんを探すというステップが次のステップになってしまうんです。
この時点で、多分、商材は揃えてしまっているでしょう。仕入れやら店舗やら、人やらに、既に、資金を投入してしまっている。
そして、この商材を買いそうなお客さんが、いなかったら・・・・
結果は散々なものになりますよね。

何か商材を見つけるよりも先に自社の顧客リストを集められたら、そこから顧客の課題、悩みを探し出す事が一番成功する秘訣かもしれません。

2015年11月6日金曜日

商売とは何だろう?

商売とは?
商売は幅広すぎるので事業とはで辞書を引くと
「生産・営利などの一定の目的を持って継続的に、組織・会社・商店などを経営する仕事」と書かれています。

利益を上げ継続的に行う仕事のようだ。
それともう一つ書かれていた。
「大きく社会に貢献するような仕事。」

社会貢献と利益追求、何か相反する内容に思えてならない。
どちらかと言うと私は、人が必要とされるサービス、物品を提供する事によって結果として対価を頂ける事が商売の原点ではないかと考えています。
只、本当に人々が必要なサービスと、その事による対価で事業が継続していけるのかが大きなポイントではないかと思っています。

極端な例ではNPO。今は利益を上げる事も許されているらしいが、本来は無償ボランテイア活動が主体です。これはどうやって活動自体を継続していく原資を調達しているのか私にも良く分かりません。
対価を得ているサービスも資産性、生産性のある物品もあれば、ゲームのように余暇の時間を潰す事に提供するサービスもあります。
昔の時代は見える形の物に対する価値概念があったけど、今の時代はwebや音楽など視覚から得られる情報(権利対価)にお金を払ってくれる時代に変わってきたように思います。

自分が提供するサービスが本当に人々の為になるのか、常に自分に対して自己問答しています。しかし、自分が納得しても相手の価値観は判らない。これが一番の課題です。

社会に貢献できて大きな利益を頂けるようなビジネスが成り立つのであればブラック企業など存在しないでしょう。そんな綺麗事で成り立っている会社があれば知りたいです。
大企業は下請けや、既得権で安定した収益を上げる構造が出来ているからこそ、大企業としての安定基盤がある。ベンチャー企業は新しいイノベーションを提供する為に日々開発をしている大企業はローリスク、ハイリターン。ベンチャーはハイリスク、ローリターンorハイリターンの選択肢のようです。大企業のリスクをあえて挙げるとすると法令遵守と内部秩序の維持かも。いかにルールに従い、多数の従業員に秩序ある仕事を継続させるか。大企業ならではの悩みがあります。

大切な事は如何に顧客から必要とされる付加価値を提供できるかという事かもしれませんが、それを見つけ出す事が商売の鍵なのかもしれません。

最後に松下幸之助さんのお言葉ですがこれが基本なのでしょう。

勝てば官軍という商売はあかんよ

商売するとき、結果を出せばいい、結果だけが商売や、と考えたらあかん。その仕方やな、それも大事や、ということやね。なにをやってもいい、勝てば官軍、という商売は、あかんよ。結局は、失敗するで。

2015年10月29日木曜日

NHK朝ドラ「朝が来る」はビジネス指南書

NHK朝ドラ「朝が来る」
今、毎日クギ付けです。ストーリーも去ることながら演出も目をひきつけます。

ところで、私はこの番組を2つの視点で見ています。
一つは純粋にドラマとしてのストーリーの楽しさ。
もう一つはビジネスを行う上で、「商売人」として必要な資質を養う事。

今の時代、商売人と経営者はちょっとニュアンスが異なるかも知れませんが、ビジネスをしていく上で必要な資質はどれも共通なように思います。

何点か興味深い点を挙げましょう。
1.出会い
出会いは積極的に出会う機会を作る事も大切ですが、運命的な出会いというのも感じます。只、その出会いの際に自分というものを如何に伝えられるか。人間誰しも虚栄心もあろうかと思います。本当の自分、裸の自分を素直に出せる人はいつも自然体でいるのではないでしょうか。人に左右されず、自分の意見を言える人。中には変人扱いされる人もいるでしょうが、それがその人のありのままの姿です。見栄を張っていると大変疲れます。ちょっとした時間であれば、何とかなりますが、長い時間一緒に仕事をするような関係では決して長続きしないでしょう。「身の丈」と言う言葉がありますが、背伸びをしないでありのままの姿でいる事が本当の自分を知ってもらうのは大切な事だと感じます。
何か伝わる事があれば、人の心に必ず届くものです。それが「縁」だと感じます。


2.物事の本質を探ろうとする気持ち
主人公の妹「あさ」の口癖は「何故?何故?」ですね。
人々は納得できない事でも社会の通例であったり、常識だという既成概念で物事を捉える事が人間関係をスムーズに行う得策のように考える所があろうかと思います。
このような中で物事に対して「何故?何故?」と問い掛けられると答えに困る事も多々あろうかと思います。小さなお子さんがいる家庭で子供から「何故?、何故?」と質問攻めにあって疲れ切っているお母さんはいないでしょうか。子供は純粋であり、探究心が強いので聞こうとする。本当はこの気持ちを育てる事が親の役目だと思います。しかし、何故か子供に付き合い切れず、適当に曖昧にしてしまう事が多いのではないでしょうか。
Sonyの開発陣の中にも「何故?」を3回繰り返し、本当に導きだした答えが真意なのかを確かめる文化があったように思います。
「本質=物事の根っこ」がきちんと整理できていればニーズから大きく外れる事は少ないものでしょう。
諺で「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」と言うのもありましたね。


3.「今より少しでもみんなが幸せな世の中の実現」の為に
 商売をする上で、自分だけが裕福になるようでは誰も共感してくれません。
その気持ちはちょっとした事かも知れません。只、大切な事はその気持ちを素直に言葉にし、自ら行動する事ではないでしょうか。
社会が必要としている事を感じ、人の為に働く。結果として「ありがとう」と思われる事はあろうかと思いますが、決してその為に動かない事。その為には自然体の自分で常に行動する事と感じます。


4.姉「はつ」と「あさ」の生き様
姉「はつ」は立派な女性です。このドラマを見る限りでは素直で真のあるとても素晴らしい女性であると感じます。一方「あさ」は破天荒な暴れん坊な時代には合わない女性像に感じます。しかし、このドラマの中では従順、謙虚、素直な性格が姑の時代認識の甘さと、見栄っ張りから来る強欲に対抗できず、翻弄されていく様が描かれているように思います。これは単に時代の変わり目だったからと言うので無く、その苦境を生きる対応力が
薄かったのかもしれません。ここから学ぶ事は生き抜く力とは環境の変化に柔軟に対応できる力のように感じますが決して「はつ」の力不足ではありません。言い換えれば「はつ」の力を封じ込めていた姑とそれを良しとしていた周囲の弱さでしょう。結果として山王屋は潰れてしまいました。この番組ではネガテイブな見せ方は一切していませんが、人生の生き方の選択によって人生、商売がこんなにも違ってくるという事をしっかりと見せてくれているように思います。

5.商売とは
この一言が全てのように感じます。

「商売いうんは、先を見る目と、その道を貫く覚悟がのうてはあかん」



2015年10月21日水曜日

SVOD(定額制動画配信)の波

白黒のブラウン管から始まったテレビ文化。既に40年程経つであろうか。
時代は東京オリンピックという一大イベントを動画というオンデマンドの情報メデイアとして重要な位置付けを確立した。当時は動画を見れる環境としたら映画館しかなかったと思う。
現代はどうだろう。今は地上波、衛生波、ネット中継、DVDなど多くのメデイアを通じて情報を動画で見る事ができるようになった。
肝心のテレビはどうであろう。一人暮らしの大学生などはテレビを持ってない比率が高まっているらしい。所有していない率は25%程度もあるようだ。NHKによる受信料制度もあるが、肝心の見たい番組自体の魅力が下がっている事と見たいコンテンツをネット(YouTube)などで見れる環境が整っているからのようである。
実際にテレビを見ても、旅、料理、お笑いが殆どで時間を割いて見ようと思える番組も少ない。悔しいが唯一有料であるNHKの番組はドキュメンタリー番組として見ようと思う事も多い。

さて、日本はそんな環境であるが、米国ではネットフリックス等SVDO(定額制動画配信)業社が伸びているそうだ。そしてそのネットフリックスが日本参入を予定しているらしい。既にhuluは日本参入しているが企業規模が違う。巨人が参入してくると見る業界地図も大きく変わってくるかと思う。

映像コンテンツのチャンネル普及で一番影響を受けるのは誰か?
先の話の流れではテレビ局のようにも思えるが一番懸念されているのはレンタル業社と思われる。国内ではTSUTAYAなどの大手レンタル業社ではなかろうか。
ネットフリックスの強さは優れた自社制作のオリジナルコンテンツにある。
他者が制作したコンテンツを配信するメデイア、レンタル業とは一線を画す事は明白である。そしてその内容は米国内で大きく評価されている。もう一つは自社オリジナルコンテンツを自社のプラットフォームで優先して配信する事で優位性と定額で提供できる強みであろう。
視聴者としては優良なコンテンツを一定額で利用できるメリットは大きい。

テレビ放送からレンタルビジネス。そして今オンデマンドコンテンツ配信というビジネスモデル、手段は写り変わろうとしているが、今の時代、ユーザーがどんな情報を必要としているのか理解して頂き魅力ある情報を発信して欲しいと思う。

2015年10月20日火曜日

30年前に無かった仕事、2050年 35年後の仕事予想 その2

35年後の仕事予想続きです。


まずマクロ視点から
宇宙への開発
現時点では火星調査などを実施している状況だが、30年後、自由に宇宙に旅行できる時代は来るように思う。他の惑星に住むまでにはなっていないであろうが、短期滞在できるホテル程度の施設はできるであろう。


自然環境
日本はこの30年で環境汚染を克服してきた。しかし、海外はさらに悪化している。
環境汚染以上に深刻な事は地球温暖化。多分、夏は50度の灼熱が待っているかも知れない。所で、動物のタンパク質は50度以上では変質して死滅してしまうらしい。ダニの例を良く見るが洗濯や、日干しでは死なないダニが高温乾燥すると全滅する事を研究者の発表で良く聞く。そんな環境で私たちは生きていけるのか分からない。
これも、映画で良く見る内容だが、地下都市で生活する時代が来るかも知れない。
土地の売買には地上権、地役権などを良く聞くがもちろん地下の利用権も所有権の一部としてある。しかし、外環道のように超深度の利用権は変わるかも知れない。

医療
DNAの解明が相当進むように思う。病気が発症する前に、DNAの遺伝情報を元に予防注射のような物ができて病気にかからない社会になっているかと思う。そして医療と健康保健(労働者保健、国民、生命保険)は密接に連動し人と言うよりかはDNAの質に対して保険金額は大きく異なっていくように思う。
逆にウエラブル端末で体調は常に監視されるので万全かと思うし、人の一生の期間も高い精度で予測される時代が来るかと思う。
福祉社会の必要性と今は言われているが2050年頃にはロボットによる完全看護の時代があるように思うので福祉ビジネスは人的規模でななく、IT業者の下で運営されるのではないであろうか。

情報関連
パソコンは間違いなく死後になっていると思う。
処理能力は1LSIで現在のコンピュータ以上の能力となっている事は間違いないと思う。
そして情報端末はウエラブルか、機器埋め込みのタッチパネル。全てがクラウドで繋がっているだろう。個人情報は国が統制しており、行動も把握され、犯罪も未然に対処される時代になっているかもしれない。新しい情報処理の仕事としては情報統制処理なんてできるかも知れない。(企業の経営監査を会計士が担っているが情報処理専門の監査職ですね)

私の予測ではVRの仕事が大きく変わっていくのではないかと思っている。
今現在も情報は氾濫している。何が真実なのか、本当に必要な事は何かは人間自身が見る目を持って選択しなくてはならない時代であり、今後より一層、その力は必要となるであろう。そんな時代にVRの視覚効果は絶大な効果があるものと思う。
仮想現実の時代。トータルリコールの映画じゃないけど人間が持っている欲望は夢を見て夢に向けて努力する事。
厳しい時代だからこそ、夢を提供する仕事が膨らんでいくように思う。

何でGoogleやMicrosoftがVRに本気になっているか考えれば判ると思う。

30年前に無かった仕事、2050年 35年後の仕事予想

2020年はオリンピックの話題で一杯だが、何となく今の社会とそんなに大きく変わっていない気がする。私は今年で53歳になるが、30年前の成人の頃、今の社会は正直想像できてなかった。

例えば、
携帯電話。その頃はまだ黒電話だった。
コンピュータ。コインゲームセンターでインベーダーなどに夢中になっていた時代。
ビジネスの世界ではNECのパソコンが相当売れていた。エプソンなんていう互換機もあった。大学の情報処理の授業ではコボル、フォートランなどの言語で紙パンチリーダーを使っていた時代。FDD(これ自体が死語?)は5インチDISKだった。HDDは20MBで20万の時代。GigaではありませんよMegaです。メモリも128Kで5万?
幾ら技術革新が進んでいると言ってもその業界にいた人々は翻弄された事であろう。

昔話しになってしまったけど、現代にはある商売でその時代には無かったであろうビジネスの話しに戻すと。

携帯電話ショップ
誰が一人1台持つ時代をその当時想像できていたであろうか。今の時代で言えば衛星通信の携帯を売る業者よりも夢を持った経営者が参画したのではないか。

WEBデザイナー
Internetが国内で普及し始めたのが1986年頃かと記憶している。但し、まだこの頃はモデムでNetscapeなどを利用していたように思う。
そんな時代動画なんてある訳ない。すべて静的サイト。サイト作成料も100万の単位であったと思う。ボロ儲けの時代です。

フリーター、フリーランス。
今の時代は認知されたけど、その当時は単に無職としか思われない時代だった。
就職ができず、ふらふらしている人、地方では肩身が狭かったに違いない。

CGデザイナ
illustrator,photoshopは1985年頃からあった。但し,自動車が買えるくらい高いMACでないと使えない。イラストレーターの方々も今の時代は社会にとって大切な人だが、その当時は「絵を描いている人」の扱いで社会的な地位は認められて無かったように思う。デジタルでは無い時代、どのようにイラスト制作していたかと言うと、本当にペンで書いていた。色はCOPICと言う水彩ペンがある。これが売れていた。そして同じデザインでも建築家はしっかりとした地位があった。デジタル化が進んで1990年以後だと思うが一気にデジタルで制作する方々の仕事の幅が広がっていったと思う。
3DCGをしている方(業者)も出始めたけど、ドル箱状態。大体が建築関連だった。出力はフイルム出力で銀塩に焼く方法が主であった。ネガ1枚10万そんな時代。

逆に現代になくて当時あった仕事は
大型メインフレーム機のCEと言う職業。カッコ良く言えばCEだが簡単に言えばメンテ要員。
IBM、富士通、NECなどメインフレーム機を作っているメーカーは本当に多くの技術者を採用した。仕事はメインフレームが売れるとそのメンテ要員としてフレームと一緒に派遣させる。残念ながら、機械の為に人が売られてしまう時代だった。

今思えば、時代の移り変わりの潮目だったように思う。

さて、過去の事は過ぎた事だ。これから30数年後どうなっているんだか考えたい。
ちょっと長くなったので次回考察していく事にする。