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2015年4月11日土曜日

ドローンの技術

ドローンの市場は益々拡大している。
何故、普及しだしたのか。

一つは高機能化ではないかと思う。GPSによる自動飛行航跡設定など。
昔からホビーの世界でラジコンヘリコプターがあったが、何が違うのだろうか。

それは、各構成要素の部品ではないかと思う。
それぞれ見よう
1)飛行状況のセンシング
   3軸角速度センサー
   3軸加速度センサー
   地磁気センサー
   GPS

2)飛行の制御
  128MHZ動作のオンボードCPU制御
  センサーからデータ処理をして4つのモーターの出力制御

3)駆動
  850RPM/Vのブラシレスモーターが4基
  2枚羽根のプロペラが4個(正回転と逆回転の構成)
4)電力供給
  11.1Vで3500mAのリチウムポリマー2次電池
5)目的地設定
  パソコン用アプリ
   アンドロイド用アプリ

羅列しただけでは判らないかもしれないが、これはスマホの技術をフイードバックしたから出来た技術なのだ。
スマホの技術進歩がドローンの技術革新につながり、これほど高機能化したドローンとなった訳である。もともとドローンは軍事用途で開発された。多くの開発費用を投入し開発されたものの、民生の技術進歩により広く使われる用途に拡大してきた。

これからドローンの進歩を予想するには他の技術革新にも目をくばらなくてはならないであろう。


2015年4月5日日曜日

米軍AAR(Action After Review)から組織運営を学ぶ

日本の企業での組織運営のマネージメントスタイルは各社各様かと思う。
良い意味で企業の成り立ち(文化)を反映した組織運営をされているのではないかと思う。しかし、その根底には個人の素質に依存した運営の仕方が大半ではないかと思う。
大切なのは同じ言葉(言語、手法)でお互いの思いを共有する事ではないかと思う。しかし運営自体が個人の素質に依存していると組織編成が行われる度に運営方法が変わる度に困惑を生じ、生産性の低下を招く事になろう。僅かな時間であれば一時的な事だが、組織の不和により管理職自体が外される事も多く見てきた中では上司、部下共に不幸になる事も危惧する。
私自体、如何に生産性を上げながら、部下、上司共に活性化した組織運営ができるかを長い間苦悩してきた。
一つ、非常に参考になった事があったのでここにご紹介したい。
米軍が実施しているAAR(Action After Review)というのをご存知だろうか。

軍隊という緊迫した事態にも対応しなくてはならない時に部隊の意識の統制と確実な職務の遂行をする為に考えられた米軍がスタンダードとしているコニュニケーションスタイルだ。どんな緊迫した時でも部隊の役割を遂行する為に考えられた手法である。その為に非常にシンプルな考えに基ずいている。

やる事は部隊全員で意見交換を実施する事。ファシリテーションというコミュニケーション手法があるが、それに具体的なアクションプランを加えたものと考えて頂きたい。

やる事は以下の事を参加者全員で言葉を交わして確認しあう
①我々がやろうとしたのは何か?
②実際には何が起きたのか?
③なぜそうなったのか?
④次回我々がやろうとするのは何か?
ポイントは、この目的は「学びと改善」であり、任務に成功したか失敗したかは問わないし、あくまでも訓練であって評価ではない、という点。

日本の場合、事実を確認するのではなく、その起こった事に対して個人攻撃するような風潮を感じる。そうすると、その人は非難を恐れて言葉を発しなくなってしまう。
成果よりもその人の考え方、態度を探るやり方ではないかと思う。ある時は成果主義でありある時は協調性。そんな都合の良いオペレーションでは裏表がある部下の考え方を助長してしまうように思う。
今の時代、社会全般でリスク回避が最重要事項である事は仕方ない事と思う。しかし、何か新しい事をすれば何か失敗もあるものだ。何もしない人を評価し、チャレンジして失敗した人の責任を問いただすようであれば組織のやる気をなくすだけだ。
本当に大事な事は本気になれる部下を育てる事。部下のチャレンジは何にも変えられない宝として評価する事ではないかと思う。その為には今起こっている事実を素直に言える風土が大切ではないかと思う。

情報をどう利用するか

世の中には情報をあえてクローズさせ、業者とユーザーとの間違の情報格差を武器に商売展開して業種が多々ある。不動産業、コンサルルテイング業、各種「士」業に関わる業種がある。元々、これら特定の業種は行政の許認可が必要であったりするので参入障壁は高いはずではある。信頼が重要な職種なのに情報をクローズする事で自己ポジションを確保している。
しかし、現代はこれだけinternetが普及し情報は誰でも入手できる時代になった。
専門性を要する事でも情報入手する事ができる。これからの時代これら専門性を必要性とする業種はどうすればよいのだろうか。

私自身、この春起業した時に経験した事があるのでご紹介しよう。
私はマーケッテイング関連の仕事だった事もありネットでの情報収集する事はノウハウ、ボリューム共に自信があった。
しかし、情報を得て知識を得る事と実際に「やる」事は違うという事を痛感した。
理屈は判っても、実際には多くの手間暇が掛かり専門家に依頼した場合のコストと自分でやる時のコスト(時間、手間)、信頼性を考えるとお金を払ってもプロに任せた方が良いことが判った。ましてや法人としての信頼性を要するような事に関しては間違いがあるとダメージが大きいので尚更である。
例えば法人登記。知識としては判っているつもりである。しかし、理屈は判っていても書類作成のポイント、ツボは簡単には分からない。ましては公証認証や電子認証など立場、システム依存している事に関しては少しのお金を出してもお願いした方が間違いがないことを感じる。何でも自分でやらなくては気が済まない性格であるが、素直に人に任すという大切な事を学んだ。それともう一つの問題は情報が氾濫している事。何が正しいか、正しいかも知れないが本当に使える情報かどうか。法令であれば改正もあり、今現在の法規がどうなのかは実務をしてなくては判断が付かない事も多い。

話は変わるが行政サイドも情報鮮度の確保の必要性は感じていると思う。
そのような中で総務省統計局が情報のopen化を積極的に推進している。行政としてあるべき姿に向けて努力されている事を社会はあまり評価してないようだがとても重要な事だと思う。

総務省統計局主管
統計におけるオープンデータの高度化に向けて「次世代統計利用システム」http://statdb.nstac.go.jp

インフラは整いつつある。しかし、これらをどう活用するかまで具体的に行政も指示してない。宝の山と感じるか、税金で何やっているんだと感じるかは私達次第である。
私は大きなビジネスチャンスと感じている。

2015年4月3日金曜日

空き家問題。早めに手を打った方がよさそうだ。

空き家が社会問題になっている。
あまり意識しなければ気がつかない問題かもしれないが不動産業界では以前から大きな問題になっている。
これは地方の問題ではない。都心部でも13%以上空き家が存在する。
改めて、いつも歩いている道で上を見上げてほしい。マンションの部屋などカーテンが空いている部屋はないだろうか。もしくは夜、電気が付いてない部屋が多々ある事を。
一番怖いのは一戸建ての空き家。不審者が住み込んでしまったり、放火などの災害により周囲の家が巻き込まれる事。
極端な場合、建物の老朽化により崩壊なども起こる。
そんな中で「空家等対策の推進に関する特別措置法」なるものが平成26年11月19日に成立され平成27年 2月26日同法一部施行となった。
この事はあまり知られてない事かもしれない。
でもこれは他人の話ではない。例えば、殆どの方は実家があるであろう。そして、結婚、転勤などで実家から離れている方も。ご両親が亡くなられて核家族化の今のご時世では空き家になってしまっている住まいも多いのではないであろうか。
今まではそのまま空き家にしていても大きな問題にはならなかった。しかし、上記法案が成立したので今後は空き家の事実に対しては「指導」最悪の事態では固定資産の税率見直しをされてしまう。具体的には古い家屋の場合、建物自体の固定資産評価額は殆ど無いと思われるが土地にも固定資産税が課税される。しかし、住居がある場合、固定資産額が更地の6分の1の制度となっているのをご存知だろうか。今回はこの特例が外れ、6倍の課税が発生すると言う事になる。何もしなくても大きな損失にならなかった以前に比べ、大きな税金が発生する。特に古い家ほど大きな土地を持っている方が多いので大きな痛手になろう。何もしなくても済んだ時代は終わろうとしている。これからは、早めの対処をしていかないと損失も大きくなる可能性がある。

2015年3月14日土曜日

人生の節目 大きなチャンスは最大のピンチに隠れてやってくる。目を覚まそう。

人生の大きな節目は突然やって来るものだ。
私も52歳を迎え、80歳になる父親の面倒を見ようと、27年間働いた会社を辞めて自立する事を決めた。しかし、その直後、親父が他界。仕事を亡くし、親を亡くし、約2ヶ月間絶望感で一杯となった。ぼーとしている期間が過ぎ、ある記事から「大きなチャンスは大きなピンチに隠れてやってくる。」という記事を読んだ。そして、そのチャンスは何も意識してないとそのまま素通りしていくらしい。
例えが良くないかもしれないが、結婚も同じらしい。人生には3度自分にとって必要とする相手と出会えるのだと。1度目は自分の歳が若く、どんなに必要とする人であっても、決心がつかず離れて行ってしまうらしい。2度目の人とは自分が成熟しており相手を惹き付ける力を持っていたならば一緒になれるのだと。3度目の出会いはどんなに必要な相手であっても自己の環境などの制約によって一緒になれる事が少ないようだ。場合によっては不倫という事も起こりえるのだと。
答えとしてはやはり大きなチャンスは1度あり、しっかりと捉える事ができるかどうかは自分の力次第なのだと。そして話は戻るが、大きなチャンスも大きなピンチを乗り越える力がなければ、ピンチで圧し潰されるだけの人生になってしまうのであろう。

私の今回の出来事は今まで甘かった自分を見つめ直せという親父の教えだったのかも知れない。自分で考え、行動しなければ何も進まない事を身にしみて感じる事ができた。
もっともっと苦労している人はいるかも知れないが今の自分にとっては人生で一番のドン底。しかし、それが故に細かな事で動揺しなくなれた。
そしてもう一つはこんな時の人との出会い。人の気持ちのありがたさが痛い程、解るようになった。そして人間らしさを持って接してもらえる人かどうかを見る事もできるようになった。

何でもない時の不幸と自分が困り果てた時の不幸。どちらも無い方が良いが、私は大きな試練が何度も押し寄せてこれでもかと言わんばかりの大波に揉まれた事に今は感謝する。

時間は無情にも過ぎていく。もう3ヶ月が過ぎた。過去に縛られてばかりいられない。着実に自分の足で一歩一歩進む事を考えてここまでこれた。3月20日、法人を設立できる目処が立った事にお力を頂いた方々に感謝をしたい。

親父にも自分の体を這って教えてくれた事に「ありがとう」と言いたい。

2015年2月25日水曜日

情報の共有化

多くの企業で言われている事に情報の共有化があろう。
私も前職の職場ではしきりに言われてきた。
やり方は様々あるかと思う。メールでの配信。ミーテイング時での報告。
情報の共有化自体は間違った事ではないと思う。

しかし、今までの経験で単に何から何までCC配信をしてこられた事。
前提になる本題、趣旨が何かを見失っている内容の配信など様々であった。
情報の共有の本質は組織内のメンバーが現在起こっている事、知らなくては行けない事、業務上必要なスキル、知識の平準化ではないかと思う。

最悪のケースは単に全てを流して話がモメた際に自分の発言の見方をつけようとする行為ではないかと思う。情報を発信していているだけでマネージメントが済んでいると勘違いするマネージャである。これは目的と手段の吐き違いでしかないであろう。

一部の人間だけで隠密に事が進められる風土より、何かしら情報を配信されている方が安心感があるものの、受け止める方の考え方次第でスルーするか、きちんと受け取るかが決まるので受ける立場も考えて情報共有化の方法も考えなくてはならないであろう。

私も少ない時でも日に150件、多い日には300件近くのメールを頂く。全てが見れる訳ではないのでプライオリテイを考えた情報の共有化が必要であろう。



水と油。協調の仕方探し。

人の考えは10人いれば10色だという事を改めて痛感している。
皆の為と思った事がその人にとっては解ったと言っていても、本当は解ろうとできない(解りたくない)事も多々あるという事。そのような時、言った本人は何故、約束した事が守ってもらえないのか憤りを感じる。その内容が人生を左右するような内容であれば、その気持ちもどんなに大きいだろうか。例えば、親が年老いて、実家の家業を助けようとして退職を決意し、両親の同意を確認した上で実施した時。退職した後、自分に仕事を任せてもらえるものと思っていたら、全くその気が無い事が解った時は失望感と今までの信頼関係が粉々となり憎悪だけが残る。

水と油。例えばフレンチドレッシングに例えて見ると、何も無ければ水分と油は必ず分離している。それを思いっきり振ってみると細かい泡になり混じり合う。その時の色は白く濁る。この時は両者が何かの思いから会話が始まり、一応は合意に至った状態なのかもしれない。しかし、時間が経つと水と油に分かれて行ってしまう。この繰り返しである。
フレンチドレッシングならば単に振ると言う動作の繰り返しでも大きな苦にはならない。しかし、人間同士は会話の中で了解した事に信頼を感じ、その相互了解事項が守られなかった時、信頼が崩れていく。その内容が本人にとって人生を左右する重要な事ならば、尚更だろう。

どうしたら良いのか。根本的に「理解してもらえるように会話ができてないんだよ。」と言う方もいる。本人からすれば、一生を賭けた内容なので今までに無い程、真剣に話をしている。頭を下げる場面もあろう。これ以上どう話をしたら良いのか解らなくて苦悩するであろう。しかし、良く考えれば、何も変わりたくない人にとっては苦痛でしか無いかもしれない。それが将来を考えた良き選択であったとしても変わりたく無い人にとってはそれで良い事かも知れない。
理論的に考えられる人、理屈は解っても今の状況を変えたくない人。人、様々だ。

人間、冷静になれば判る事でも追いつめられた時、自分の事を解ってもらおうとしていくと、理尽くめで説明していく事になっていく。そして合意を取り繕うとする。そしてお互いが表面で解った振りをしているだけで何も変わっていない。しかし、カッカカッカしている本人にはそれが中々判らない。第3者から客観的に見てもらい初めて気づく事になる。

人は大人になれと言う。しかし、本人は憎悪と怒りだけが残っている状態でおさまりが就かない。冷静になれ。
元々、水と油。それも更に拗れてしまった状態で何をどうすれば良いのか?

一つの考え方としてお互いが他人の考えに左右される事なく、それぞれ自分のやり方にあった自立できる妥協点を探り示す事かもしれない。
変わりたくない人に変われと言ってきた事自体が間違っていたのかも知れない。変わりたくない人には変わらないやり方を、変わりたい人には変わるやり方を。皆が同じ考え方を持つ事自体が間違っているのかもしれない。今大事な事は皆が自立していく環境、方法を見いだす事だろう。言葉を変えれば「落とし所」なのかもしれない。言葉では皆がそれぞれ独自にバラバラになるような考え方に思えるかも知れないが実際にはそれが、冷静を保って平和に協調性を保てる良き手段なのかも知れない。

油は安定し普遍的な物だという考える人。水(ドレッシングならばレモン水)は常に刺激を与え活性化しようと考える人。それぞれの良さの「落とし所」を見つければ良いのであろう。逆に油は何度も揚げ物をすれば最後には臭くなり捨てなくてはいけない事を知っていたとしてもそれは自立したそれぞれの者が対処しなくてはならない事としてネガテイブな考えを押し付けるべき事では無いのかもしれない。

人間欲がでれば、自分の考えを人に押し付けてしまう。子供、部下。立場が上に上がれば上がる程、知らず知らずの内に自分の思い通りにしたくなってしまう。そして表面では理解した状況になったとしても本音の部分ではやらされ仕事、不信感を生んでしまうのかもしれない。

もう一つ大切な事は感情を押さえる事。カッカしていれば話にもならない。
同じ視点、レベルで話をしているのではなく、もう一歩先の事を考えて言動をする事。自分の子供に話をする時であれば、出来ない事を自然と教えてあげられるのに、それが、自分の親などであれば何で自分の事を判ってくれないのか?などと必要以上に期待と要望から相手への苛立ちが高まってしまう。これがビジネスライクでは解決できない大きな課題なのであろう。親への視点から、判っていてもできない子供への見方へ自分が変わらなければ苛立ちを止める事はできないのかも知れない。
これは判っていても中々できない。それが、血縁関係の難しさだという事だろう。

どちらにしても深く、難しい事だが、自分が成長しなくてはいけない事だけは確かのようだ。